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災害事例研究 No.20 【林業】

間伐木を集材するために、荷掛け地点にあった半幹材を玉切りしていたところ、上部斜面において、当該材と末口部分の一部が接触していたと思われる半幹材が滑落し、その直撃を受けて近くにあった立木との間に挟まれた

 スギ人工林の間伐作業地の架線集材作業に従事中、架線下の傾斜約34度の荷掛け地点において、半幹材を玉切りしていたところ、上部斜面において、当該材と末口部分の一部が接触していたと思われる半幹材が滑落し、その直撃を受けて近くにあった立木との間に挟まれて死亡した。

災害発生の状況

  1. 被災者は、スギ人工林(林齢67年生)において、間伐作業に従事していた。
  2. 被災当日、被災者は、同僚3名と架線集材作業(2段集材)に従事していた。
    具体的な作業配置は、被災者が2段目の架線(ダブルエンドレス式、スパン150m、主索22mm)(写真①参照)下において、造材作業と荷掛け作業を担当し、同僚Aは、2段目の集材機の運転業務と荷卸し作業及び1段目の架線への荷掛け作業を、同僚Bは、1段目の集材機の運転業務を、また、同僚Cは、1段目の架線の荷卸し作業を担当していた。
  3. 昼食後、同僚Aは、2回目の集材を行うために、搬器を集材機から約50m離れた荷掛け地点付近まで移動させたが、被災者から搬器の停止合図がなかった。
  4. このため、同僚Aは、無線で被災者に呼びかけたが応答がなかったため、荷掛け地点付近まで行ったところ、立木に山側から抱きつくような姿勢で半幹材に挟まれている被災者を発見した。
    なお、このとき、被災者は、既に意識のない状態にあった。
  5. 同僚Aは、直ちに、同僚Bと同僚Cに緊急連絡するとともに、応援を要請し、救出作業を行ったが、緊急連絡により現地に到着したドクターヘリの医師により死亡が確認された(死因:腹腔臓器損傷を伴う肋骨、頸椎骨骨折)。
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    写真① 集材機側から見た2段目の架線下の状況

災害発生の原因

  1. 本災害の「直接の原因」は、現地調査の結果から、傾斜約34度の斜面にあった半幹材A(末口径:約28cm、材長:約10m)を山側から玉切りしていたところ、上部斜面において、半幹材Aと末口付近の一部が接触していたと思われる半幹材B(末口径:約34cm、元口径:約50~60cm、材長:約8m)が突然滑落したため、後方から、その直撃を受けて近くにあった立木との間に挟まれたことによるものであると推定される(見取図、写真②、写真③参照)。
    なお、エンジンが掛かった状態のチェーンソーが当該立木の谷側の根元付近において発見された。
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    写真② 半幹材Bの伐根から見た被災箇所の状況
  2. また、本災害の「誘因」としては、半幹材Aの上部斜面にあった半幹材Bの転落・滑落防止措置を講じなかったことが推定される。
    なお、半幹材Bの転落・滑落防止措置を講じなかった理由は定かではないが、現地の状況及び「被災者は、長年、林業に携わってきた良き指導者であり、我々は、これまで多くの事柄を教えてもらった。日頃から、作業の手抜きを厳しく戒め、急傾斜地において集造材作業を行うときは、チルホールを利用して伐倒木を固定してから作業を行う慎重な人であった。何故こんなことになったのか分からない。」と悲痛な表情で語った同僚の状況説明等から、半幹材Bの転落・滑落の危険性について点検した際に、
    ①半幹材Aと半幹材Bが末口付近において一部が接触していることを見落とし、伐倒木が転落・滑落する危険性があることを認識できなかった
    ②被災個所と周辺の斜面との傾斜を比較判断したことにより、状況判断を誤り、実際の傾斜(約34度)よりも緩傾斜であると認識したことから、日頃から行っているチルホールを利用した伐倒木の転落・滑落防止措置を行わなかった
    という二つのケースが推定される。
    写真③ 被災者を直撃した半幹材Bと挟まれた立木の状況
    写真③ 被災者を直撃した半幹材Bと挟まれた立木の状況

災害防止対策

  1. 造材作業においては、これまでから、本災害のように、伐倒木等の転落・滑落に起因する災害が多く発生している。このため、「労働安全衛生規則」(厚生労働省令)第480条においては、こうした悲惨な災害事例を教訓に、類似する災害を未然に防止するための『安全基準』として、「造材の作業を行なうときは、転落し、又は滑ることにより、当該作業に従事する労働者に危険を及ぼすおそれのある伐倒木、玉切材、枯損木等[※「等」には、風倒木等を含む。]の木材について、杭止め、歯止め等これらの木材が転落し、又は滑ることによる危険を防止するための措置を講じなければならない。」旨が規定されており、これを遵守することが重要である。
  2. 本災害は、近年、作業の基本を遵守しなかったことに起因する災害が多発しているなかにあって、良き指導者であり、安全に関して十分な知識と技術を有している熟練者が引き起こした悲惨な災害である。
    被災者が伐倒した立木の伐根が、伐倒木の「ツル」の機能を十分に発揮させるべく、根張りを確実に取り除くとともに、伐倒木の状況等に即して、適切に「受け口切り」と「追い口切り」が実施されていたことからしても、被災者が日頃から作業の基本を遵守しつつ、慎重な作業を行っていたことを伺い知ることができる。
    こうした熟練者による災害について、本誌の2011年3月号(No.745)に掲載されている『安全管理の原点は危険予知』の筆者である技術士の奥田吉春氏は、このなかで、『熟練者は、「思い込み」を起こしやすいと言われている。熟練者は、情報を受けた瞬間に反射的に、無意識に処理してしまう「思い込みエラー」を起こしやすい。これは熟練者のエラーの特徴である。したがって、熟練者といえども、思い込みをしないように事前によく調べて作業に当たることが肝要である。』と述べている。
    こうしたことから、本災害は、前記「災害発生の原因」の2の「本災害の誘因」において述べたように、伐倒木の転落・滑落防止措置の要否の判断に際しての『熟練者の思い込みエラー』が招いたものであると考えられる。
    このため、こうした「思い込みエラー」によって、「危険予知」が機能しないことのないように、事前に作業地の状況を精査し、そこから得られた情報を的確に整理した上で、適切に必要な措置を講じ、『単に注意して作業するだけではなく、安全な状態において作業する』ということに徹することが極めて重要であるといえる。