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災害事例研究 No.48 【林業】

工事支障木を伐倒したところ、突然、伐倒方向が狂い、近くにいた作業者が伐倒木に激突された

 既設作業道の路肩付近の法面にあった林道開設工事支障木を伐倒したところ、突然、伐倒方向が狂い、近くにいた作業者が伐倒木に激突された。

災害発生の状況

  1. 被災者は、同僚と二人で林道開設工事支障木の伐倒作業に従事していた。
  2. 同僚が、既設作業道の路肩付近の法面(平均傾斜:約51度)にあった工事支障木のスギ(伐根径:22cm、樹高:約18m)を谷側に伐倒したところ、突然、伐倒方向が狂い、スギが既設作業道に沿う形で斜め左方向に倒れ、伐倒箇所から約14m離れた箇所にいた被災者が激突された(被災箇所見取図、写真1~写真3参照)。
  3. このため、被災者は、他の伐倒木を跨いだ状態でスギの梢端部の下敷きとなり、すぐに病院に搬送されたが、翌日、外傷性ショックにより死亡した。
    casestudy048
    被災箇所見取図
    写真1 被災箇所の状況①
    写真1 被災箇所の状況①
    写真2 被災箇所の状況②
    写真2 被災箇所の状況②
    写真3 被災箇所の状況③
    写真3 被災箇所の状況③

災害発生の原因

本災害の発生原因は、現地調査の結果等から、次に示すとおりと推定される。

  1. 直接の原因
     同僚が、スギの伐倒作業に着手する際に、「かけ声」で伐倒する旨の合図を行ったところ、既設作業道上にいた被災者が反対方向に移動したため、退避したものと思い、追い口切りを開始する前に、「本合図」と「退避の確認」を行わずにスギを伐倒したことから、被災者が、伐倒作業中に被災箇所に移動していたことを認識することができなかったこと(被災箇所見取図参照)。
  2. 誘 因
    1. 同僚が、スギの追い口を切り込み過ぎたため、「つる」が機能せず、伐倒方向が狂ったこと。
      1. 追い口を切り込み過ぎた理由
        1. スギが既設作業道の路肩付近にあったことから、作業道に面した山側に枝が張り、山側に重心があったにもかかわらず、傾斜地にある立木は、一般的に谷側に枝が張り、谷側に重心があることから、伐倒方向が谷側であれば容易に伐倒できると考え、一気に追い口切りを行ったこと(写真1、写真4参照)
          写真4 被災者に激突した伐倒木の伐根の状況
          写真4 被災者に激突した伐倒木の伐根の状況
        2. 利用可能な伐倒木については、集材の上、搬出していたが、他の伐倒木については、伐倒作業終了後に、元請業者の作業者が処理することとなっていたため、無造作に伐倒作業を行っていたこと。
          なお、他の伐倒木の状況を調査したところ、搬出予定の伐倒木については、集材作業を容易にするため、概ね、既設作業道に沿って伐倒されていたが、集材しない伐倒木については、無造作に伐倒され、伐倒方向が一定していないことから、伐倒木が重なり合い「やがら状態」となっていた(写真1、写真3参照)
        3. 伐木作業に当たり、『伐木作業の基本は、伐倒木の「つる」の機能を最大限に発揮させることである』ということを意識して作業を行っていなかったこと。
          なお、同僚が伐倒した他の伐倒木の伐根を調査したところ、「芯切り」を行う際に、「つる」の端部から斜めに突っ込み切りを行っているため、「つる」の中央部分が鋸断され、「つる」の機能が著しく損なった状況にあった(写真5、写真6参照)
          写真5  斜めに芯切りを行ったために「つる」の機能を損なった伐根の状況
          写真5  斜めに芯切りを行ったために「つる」の機能を損なった伐根の状況
          写真6  斜めに芯切りを行ったために「つる」の機能を損なった伐倒木の元口の状況
          写真6  斜めに芯切りを行ったために「つる」の機能を損なった伐倒木の元口の状況
      2. 伐倒方向が大きく狂った理由
        1. スギの重心が山側にあったことから、谷側に倒れにくい状態にあったことに加え、少し傾いたときに、山側に張った枝が隣接木に接触したこと(写真1~写真3参照)
        2. 「つる」が機能していないため、伐倒方向が規制できない状況のなかで、強い風に煽られたこと。
          なお、当日は、既設作業道に沿い、下方から上方に向けて、時折、強い風が吹いていた。
    2. 被災者が、安全な箇所に確実に退避していなかったこと(写真2参照)
      被災者は、当初、既設作業道上で搬出予定の伐倒木の造材作業を行っていたが、同僚がスギの伐倒作業を行っている間に、何らかの理由(被災箇所付近を調査したが、伐倒木の造材作業を行っていた痕跡は確認できなかった。)により被災箇所に移動したものと推定される。
      なお、同僚が伐倒したスギの樹高は、約18mあるにもかかわらず、被災箇所は、伐倒箇所の斜め左下方に約14mしか離れていなかった(被災箇所見取図参照)
    3. 事業者が、雇入れ時の安全衛生教育等を実施していなかったこと。
      事業者は、被災者と同僚を雇用する際に、伐木等の業務に係る特別教育を修了していることを確認したことから、雇入れ時の安全衛生教育の実施を省略するとともに、危険又は有害な業務に現に就いている者に対する安全衛生教育についても実施していなかった。
      なお、被災者は、労働安全衛生規則第36条の第8の2号に基づく特別教育を修了していたが、当該特別教育では行うことのできない「胸高直径20 cm以上の偏心木の伐木」や「胸高直径20 cm以上のかかり木の処理」の作業にも従事していた。

災害防止対策

  1. 「伐倒合図」と「退避の確認」を確実に実施すること。
    1. 本災害のような「他人伐倒」による災害の多くは、「伐倒合図」と「退避の確認」の不実施又は形式的な実施により発生している。
       このため、伐倒者は、受け口切りを開始する前に行う「予備合図」、追い口切りを開始する前に行う「本合図」、伐倒完了後、伐倒木の安定等を確認してから行う「終了合図」からなる「伐倒合図」を確実に実施するとともに、他の作業者からの「応答合図」(予備合図に対する返しの合図)と、指差し呼称による「退避の確認」を確実に実施すること。
    2. なお、「指差し呼称」は、これを実施することにより、注意力が高まり、ヒューマンエラーが6分の1に減少するとの実験結果もあるなど、安全を確保する上において極めて有効な手段であり、また、人間は、視界に入っていても、注意を払っていないものについては、動きや大きな変化があっても気づかないと言われていることから、「眼で見て」、「指で差し示し」、「声を出して」確実に確認すること。
    3. また、本災害のような「他人伐倒」による災害の多くは、移動が容易な伐倒箇所の下方に退避するとともに、退避距離が不十分なため、樹高の範囲内において被災している。
       このため、伐倒者以外の他の作業者は、伐倒者から「予備合図」があったときは、速やかに、伐倒箇所の上方向(やむを得ない場合は横方向)に伐倒木の樹高の1 . 5倍以上退避した上で、伐倒者に退避が完了した旨を伝える「返しの合図」を行うとともに、立木の陰などに身を隠して伐木作業の状況を注視し、伐倒者から「終了合図」があるまで、安易に退避場所から出ないようにすること。
  2. 伐倒方向を適切に選定すること。
    1. 伐倒方向は、安易に選定することなく、伐倒する立木の状態(立木の傾き(重心の方向)、曲り、枝の張り具合等)、隣接木の状況(枝がらみ、つるがらみ、伐倒方向線上の障害物の有無等)、地形、風向き、伐倒後の作業方法、材を損傷させないこと等について慎重に検討の上、安全で確実に倒せる方向に選定すること。
    2. 特に、小中径木を対象とした間伐作業の増加や車両系林業機械による集材作業の増加等により、伐倒方向を画一的に重心のある谷側とする傾向が見受けられるので留意すること。
  3. 「受け口切り」と「追い口切り」を適切に実施すること。
    1. 小中径木であっても、「受け口切り」と「追い口切り」を適切に行うことにより、伐倒木の「つる」の機能を最大限に発揮させ、これを省略した「斜め切り」は絶対に行わないようにすること。
    2. なお、伐倒木の「つる」の機能を最大限に発揮させるために、特に、次に示すことに留意すること。
      1. 受け口の下切りや追い口を斜めに切り込むと、「つる」の左右の高さが異なり、伐倒方向が狂う原因となることから、必ず「水平」に切り込むこと。
      2. 受け口の切り終わりを一致させないと、木が早く倒れ、退避する時間的余裕がなくなったり、幹の裂けや芯抜けを起こす原因となることから、切り終わりを確認し、一致していないときは手直しを確実に行うこと。
         また、切り終わりの線が伐倒方向に正対していないと、伐倒木が予期しない方向に倒れる原因となることから、切り終わりの線を確認し、正対していないときは手直しを確実に行うこと。
      3. 追い口の深さは、「つる」の幅が根張りを除いた伐根直径の10 分の1程度とし、絶対に切り込み過ぎないようにすること。   追い口の切り込み過ぎに起因する災害が非常に多く発生していることから、切り込み過ぎを防止するため、チェーンソーで追い口を切り込みながら伐倒することは避け、原則として、同じ大きさの「クサビ」を2個以上を使用し、伐倒対象木の大きさ、傾き等に応じて使用本数を増やすようにすること。
      4. 「つる」の両端部に「根張り」のあるときは、不適切な「つる」をつくった場合と同じ結果を招き、材が裂けたり、伐倒方向が狂う原因となることから、事前に「根張り」を取り除くとともに、根張りがあまりない場合であっても、材の裂け等を防止するために、必ず「根元切り」を行うこと。
      5. 芯切りを行うに当たっては、芯抜け等を防止するという目的を踏まえ、その必要のない樹種や小径木等に行うことのないようにするとともに、必要以上に「つる」を鋸断し、その機能を低下させることのないようにすること。
  4. 事業者は、雇入れ時の安全衛生教育等の安全衛生教育を適切に実施すること。
    1. 危険又は有害な業務に係る特別教育は、危険又は有害な業務に初めて従事する者に対して、最低限の知識と技術を習得させるために実施するものであるため、伐木等の業務に係る特別教育の修了者であっても、伐木等の業務に関する安全又は衛生のため必要な事項について、十分な知識と技能を有しているとは言い難いことから、「雇入れ時の安全衛生教育」を省略することなく、適切に実施すること。
    2. 安衛則第36 条第8号の2に基づく特別教育を修了した作業者は、安衛則第36条第8号の特別教育を修了しなければ胸高直径20 cm以上の偏心木の伐木作業やかかり木処理作業等に従事することができないことに注意すること。
    3. 伐木作業における災害においては、日々、伐木作業に従事するなかで、作業の基本を逸脱した自己流の作業方法等が身についてしまったことに起因するものが多いことから、チェーンソーを用いて行う伐木等の業務に従事する作業者に対しては、災害事例を教訓とした伐木作業等の特徴と作業の安全等に係る「危険又は有害な業務に現に就いている者に対する安全衛生教育」を随時又は定期的(5年ごと)に実施し、伐木作業等において、その基本を遵守することの必要性と重要性について再教育するとともに、事業場の安全衛生水準の向上に努めること。

【 参 考 】

労働安全衛生法
(安全衛生教育)

第 60 条の2 事業者は、前2条に定めるもののほか、その事業場における安全衛生の水準の向上を図るため、危険又は有害な業務に現に就いている者に対し、その従事する業務に関する安全又は衛生のための教育を行うように努めなければならない。

2  厚生労働大臣は、前項の教育の適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表するものとする。  [ ※危険又は有害な業務に現に就いている者に対する安全衛生教育に関する指針]

危険又は有害な業務に現に就いている者に対する安全衛生教育に関する指針

  1. 趣旨
     この指針は、労働安全衛生法(昭和47 年法律第57 号)
    第60 条の2第2項の規定に基づき事業者が労働災害の動向、技術革新等社会経済情勢の変化に対応しつつ事業場における安全衛生の水準の向上を図るため、危険又は有害な業務に現に就いている者(以下「危険有害業務従事者」という。)に対して行う、当該業務に関する安全又は衛生のための教育(以下「安全衛生教育」という。)について、その内容、時間、方法及び講師並びに教育の推進体制の整備等その適切かつ有効な実施のために必要な事項を定めたものである。
     事業者は、危険有害業務従事者に対する安全衛生教育の実施に当たっては、事業場の実態を踏まえつつ本指針に基づき実施するよう努めなければならない。
  2. 教育の対象者及び種類
    1. 対象者
      次に掲げる者とする。
      (1)就業制限に係る業務に従事する者
      (2)特別教育を必要とする業務に従事する者
      (3)1又は2に準ずる危険有害な業務に従事する者
    2. 種類
       1に掲げる者が当該業務に従事することになった後、一定期間【※「一定期間」については、最近の技術革新の進展等を勘案して当面5年とし、カリキュラムによる学科教育を実施すること。】ごとに実施する安全衛生教育(「定期教育」)又は取り扱う機械設備等が新たなものに変わる場合等【※「等」には、取り扱う機械設備等の操作方法及び作業方法が大幅に変わった場合、操作方法の誤りに起因して労働災害を発生させた場合が含まれ、操作方法の変更等があったときには、カリキュラムによる学科教育に加え、運転操作方法及び点検整備等の実技教育により実施すること。】に実施する安全衛生教育(「随時教育」)とする。【※資格等を取得後、おおむね3年を超えて初めて当該業務に就く者、おおむね5年を超えて当該業務から離れ、再び当該業務に就く者に対しても、随時教育に準じた教育を実施することが望ましいこと。】
  3. 教育の内容、時間、方法及び講師  
    1. 内容及び時間
      (1)内容
       労働災害の動向、技術革新の進展等に対応した事項
      (2)時間
       原則として1日程度とする。
       なお、安全衛生教育の内容及び時間は、教育の対象者及び種類ごとに示す別表の危険有害業務従事者に対する安全衛生教育カリキュラムによるものとする。また、取り扱う機械設備等が新たなものに変わる場合等に実施する随時教育は、運転操作方法のほか点検整備等の実技に関する事項を加えたものとする。
    2. 方法
      講義方式、事例研究方式、討議方式等教育の内容に応じて効果の上がる方法とする。
    3. 講師
      当該業務についての最新の知識並びに教育技法についての知識及び経験を有する者とする。
  4. 推進体制の整備等
    1. 教育の実施者は事業者であるが、事業者自らが行うほか、安全衛生団体等に委託して実施できるものとする。
      事業者又は事業者の委託を受けた安全衛生団体等はあらかじめ安全衛生教育の実施に当たって実施責任者を定めるとともに、実施計画を作成するものとする。
    2. 事業者は、実施した安全衛生教育の記録を個人別に保存するものとする。
    3. 安全衛生教育は、原則として就業時間内に実施するものとする。

別表  危険有害業務従事者に対する安全衛生教育カリキュラム

14  チェーンソーを用いて行う伐木等の業務(労働安全衛生規則第36 条第8号の業務のうちチェーンソーを用いて行うもの及び同条第8号の2の業務)従事者安全衛生教育

科 目 範    囲 時間
1 .伐木作業等の特徴と作業の安全 (1) 伐木造材作業の安全
(2) 大径木、偏心木等の伐木及びかかり木の処理
1.5
2 .チェーンソーの特徴と保守管理 (1) チェーンソーの特徴と保守管理
(2) チェーンソー取扱作業の安全
(3) チェーンソー取扱作業時間の管理
(4) チェーンソー及びソーチェーンの点検整備
2.0
3.健康管理 健康診断及び事後措置 0.5
4 .災害事例及び関係法令 (1)災害事例とその防止対策
(1)チェーンソーを用いて行う業務に係る労働安全衛生関係法令
2.0
  6.0